おぼこいの意味は?どこの方言なのかや類語や対義語・おぼこ娘の使い方も

「おぼこい」は、「あどけない」や「可愛い」などの意味を持つ、関西を中心とした西日本の方言です。「おぼこ娘」は「未通娘」と書くように、元来処女を指します。単に幼いというだけではなく、手つかずの宝、磨かれていない原石の可能性も秘めた言葉です。ここでは「おぼこい」の由来や、類語など方をご紹介します。

おぼこいの意味は?どこの方言なのかも

おぼこは元来「産子(うぶこ)」またはボラの幼魚の意味

あかちゃん

「おぼこい」という言葉が生まれたのには2つの通説があり、新生児を意味する「産子(うぶこ)」が訛って「おぼこ」になった説と、ボラの幼魚を指す「おぼこ」を意味する説とがあります。いずれにせよ、おぼこを形容詞にした言葉が「おぼこい」です。これには類語も多くみられます。

おぼこいの意味は「幼い」「初々しい」

幼い

「おぼこい」は「幼い」「初々しい」という意味です。未成熟、未完成な様子を表現します。「おぼこ」は「未通女」と書き、おぼこ娘はあどけない童女、またはダイレクトに処女を指しますが、形容詞化した「おぼこい」は、幼い純粋さや素直さ、可愛らしさを表現します。

日本は昔から、未完成なものを好む文化があります。伸びしろのあるものや自分の好みで仕上げることのできる魅力です。「おぼこい」には世間知らず、未熟、垢抜けないさまを指すこともありますが、その場合も可能性を秘めていたり、宝石の原石的なニュアンスを含んでいます。手を加える余白が「おぼこい」人の魅力でしょう。

「おぼこい」はどこの方言かというと関西地方が有力

おぼこい

「おぼこい」はどこの方言かというと、関西地方ですね。今では全国で意味が通りますから、方言とも言えないようですね。京ことばの「おぼこい」は柔らかく上品な響きがあり、生きすれてない初心なイメージがあります。大阪弁だとユーモラスな明るさがあり、天真爛漫な純真さ、正直さを感じます。日本語は面白いですね。

「おぼこい」は、九州地方や秋田でも使われますが、まだ何の色もついていない、清らかなイメージは同じです。幼さやあか抜けない感じは、総じて「おぼこい」と言われますが、そこに見る者の好意が入っています。

おぼこいの類語

おぼこいの類語「あどけない」は幼い純真さ

おぼこい

おぼこいの類語には、「あどけない」「いとけない」「がんぜない」があります。幼い、可愛いという意味では同じ意味ですが、「あどけない」は、生き擦れていない純粋さをあらわします。「あどけない」は、子供の可愛いしぐさや無心な笑顔などに、微笑ましさを感じる心模様です。清らかなものを見たという時に使う言葉です。

おぼこ娘といえば処女を連想する日本人は多く、それも清らかさを想像させます。幼いの類語が清らかだというわけではありませんが、幼さに清らかさを感じる人は多いということです。

おぼこいの類語「いとけない」は保護せずにはいられない思い

いとけない

おぼこいの類語には「いとけない」は、“稚い”と書きます。いとおしい、または痛々しいというニュアンスがあります。ようやく歩き出した赤ちゃんや、まだ飛べないヒナのように危なっかしく、思わず手をさしのべたくなる心情で使います。自分を守る力のない様子を、心配しながら見ているという意味を持っています。

類語の「いとけない」は幼さ、可愛さを表現したことは同じですが、弱いものをかばってやりたいという保護本能を掻き立てる意味があります。おぼこ娘も、慣れていないがゆえに、自分を守る知恵がまだついていないと思われます。稚い存在です。

おぼこいの類語「がんぜない」はヤンチャ

おぼこい

おぼこいの類語「がんぜない」は「頑是ない」と書き、未成熟ゆえの奔放さや無分別も含まれます。何もわからないから怖いもの知らずです。幼い、可愛いという意味の中に、「しかたないなあ」と、思わず苦笑してしまう天真爛漫な言動、やんちゃなふるまいのにおいがします。のびのびした子供らしい子供ということですね。

頑是ないとは「こうでなければならない!」と力む頑迷さとは無縁の素直さという意味もあります。どんな色にも自在に染まるところは幼さゆえの素直さで、ヤンチャぶりも、いかようにも変わりうると信じていた節があります。

おぼこいの対義語

おぼこいの対義語「すれっからし」

すれっからし

おぼこいの対義語に「すれっからし」という言葉があります。世ずれしたしたたかな姿をあらわし、“おぼこい”の対極にあります。日本語の表現としては、あまりいい意味に使われませんが、現実に世の中にあっては、直線思考で視野狭窄な人よりも役に立つことが多いものです。

おぼこいの対義語「あばずれた」

あばずれ

おぼこいの対義語に「あばずれた」があります。そういう人を俗に「あばずれ」と呼びます。恋多き女、男性経験の多い遊び人を指すことが一般的な蔑称です。やはり、おぼこいことが美徳とされている文化のなせるわざでしょうか。方言の抜けきらないおぼこ娘なども、好感度は高いようです。

おぼこいの使い方

おぼこいの使い方①「30過ぎてもおぼこいなあ」

おぼこい

もう大人なのに、うぶだね。純情だね。という意味です。人を真っ正直に信じたり、疑うことを知らない心を知ったときに使う言葉です。とくに恋愛においては、かたくななまでの一途さを発揮します。本気の恋はいくつであっても、おぼこいのです。だめんずウォーカーといわれる女性も、疑うことをしらないおぼこい女なのです。

おぼこいの使い方②「こんなおぼこい時はどの子も可愛いなあ」

おぼこい

こんな幼い頃はどの子も可愛いなあ。幼い可愛らしさへの礼賛です。穢れを知らない天使のような時期は誰にでもあります。「おぼこい」は幼いの古語から方言に転じた言葉です。そこには日本独特の幼児を神格化する文化があります。子供を「不完全な人間」と思う欧米とは、思想的に違いますね。

おぼこいの使い方③「いい年をしておぼこ娘みたいなおぼこいことを言う」

おぼこ娘

乙女のような子供っぽいことを言う!と、少し驚きが入った言葉です。いつまでも夫ラブな奥様は、心情的にロマンチックで、晩年になっても「私のこと、愛してる?」とたずねられて、ギョッとした経験を持つ方も少なくありません。「参ったな~」と言っているほうも、悩んでいるようで実は惚気ていることが多いですね。

おぼこいの使い方④「顔がおぼこいから若く見えるねえ」

童顔

童顔だから、若く見えるね。そういう意味です。幼さの残る顔立ち、例えば女優の永作博美さんや、黒木瞳さんは童顔で、いつまでも可愛く見えます。有村架純さんや高畑充希さんも童顔です。可愛い、初々しいイメージがありますね。日本ではセクシーより可愛い方が好まれますが、顔立ちに幼さがあるとおぼこいイメージですね。

おぼこいの使い方⑤「苦労してないからおぼこいまんまだな」

おぼこい

苦労していないから子供っぽいまんまだな。成熟していないという意味の使い方です。女性がお嬢さん育ちだったりすると、そのように言われることが多いですね。人は苦労して大人になると言われます。ただし、実際にどうかは外からはわからず、育ちのいい人は辛抱ができるし、苦労を見せない凛々しい童顔さんもいます。

他の方言でおぼこいの言い方は?英語も

静岡県の方言でおぼこいの言い方「みるい」

おぼこい

静岡県の方言でおぼこいの言い方「みるい」です。まだみるいといわれたら、幼いという意味ですが、そこに可愛げや微笑ましさを感じての表現でもあります。「みるい」は「未熟い」の訛った言葉だと伝えられています。

香川県の方言でおぼこいの言い方「あずない」

あずない

香川県の方言でおぼこいの言い方「あずない」です。あどけないが訛ったものだといわれています。幼い未成熟な様子をあらわす言葉ですが、「あどけない」同様、幼い、純真というニュアンスもあります。「幼子のような」という意味です。あずないと言われたら、あどけないと同字意味だと理解していいでしょう。

英語でおぼこいの言い方「naive」

天使

英語でおぼこいの言い方は、これ!というものがありません。幼い子供に対する可愛いという言葉は「cute」ですが、無垢をあらわす「innocent」もあり、一番近いのは初心をあらわす「naive」です。ともすれば騙されそうなあやうさは、「おぼこい」といえます。

文学に見るおぼこいヒロイン

文学に見るおぼこいヒロイン①『野菊の墓』民子の可愛い初恋

初恋

文学に見るおぼこいヒロイン1人めは、『野菊の墓』の民子です。清純可憐な野菊のような乙女、民子は、2つ年下の政夫と幼い初恋をします。年が多いことを理由に他家へ嫁がされますが、心の操は一筋で、死ぬ瞬間まで政夫の写真をひそかに所持しています。融通がきかないほどの純情に泣けます。おぼこいヒロインです。

文学に見るおぼこいヒロイン②『私が・棄てた・女』の聖女ミツ

女

文学に見るおぼこいヒロイン2人めは、『私が・棄てた・女』のミツです。容貌に自信のないミツは、心だけは誰よりも美しくあろうとします。吉岡は、自分の欲望から、好きでもないミツを抱いてしまい、自己嫌悪に陥ります。利用されたことを知らず、吉岡を思い続ける愚かしいまでの一途さに幼い清らかさを感じます。

文学に見るおぼこいヒロイン③『源氏物語』女三宮・おぼこ娘無防備さ

本

文学に見るおぼこいヒロイン3人めは、『源氏物語』女三宮です。中年になった源氏の正妻として嫁ぎますが、あまりの幼さ、無知ぶりに源氏にとっては魅力の薄い妻となります。そんなある日、女三宮に想いを寄せる柏木と、心ならずも不倫してしまいます。究極のお嬢様育ちゆえに、自分を守るすべを知らないおぼこ娘です。

映画に見るおぼこいヒロインたち

映画に見るおぼこいヒロイン①『道』ジェルソミーナ

道

高圧的で粗野な大道芸人ザンパノに買われた、軽い知的障害を持つジェルソミーナは、ザンパノにどんなひどい目にあわされても、健気に尽くしていました。そして捨てられてしまいます。彼女の死を知ったとき、ザンパノは自分がジェルソミーナを愛していたことに気づいて号泣します。無垢で無知なおぼこい女の純情に泣けます。

映画に見るおぼこいヒロイン②『誰がために鐘は鳴る』マリア

キス

映画に見るおぼこいヒロイン3人目は、『誰がために鐘は鳴る』のマリアです。軍人のロバートは、ある日ゲリラに匿われていたマリアに恋をします。初めてキスを経験する前の「キスの仕方を知らないの。鼻はどこへやるの?」という名台詞を、多くの方がご存知でしょう。勇敢な女性なのに、なんとおぼこいのでしょう。

おぼこい女性を好む日本文化

日本にはおぼこいものを好む文化があります。「紫の上症候群」という言葉を、お聞きになったことがありますか。紫式部の有名な長編小説『源氏物語』で、光源氏は、恋焦がれる藤壺女御の姪にあたるわずか10歳の女の子をさらい、理想の女性に育てました。おぼこ娘の魅力は、真っ白い生地に好きな色を塗れるところです。

「おぼこい」という言葉には単に可愛い、幼いという意味だけではなく、自分が手作りできる余白があるという意味があります。これからどのようにも成長する、伸びしろ、可能性の魅力といっていいかもしれません。日本のロリコン文化と外国から揶揄されますが、日本男性のセンスは本来、もっと深く繊細で想像力に富みます。

成人した女性が、童女の幼さや可愛さをまねしても違和感があります。大人の女性の愛らしさは、幼さとは別ものだからです。けれども素直さや純情さ、成長する伸びしろは可能性はいくつになっても持つことができ、一生魅力的な女性でいることができます。おぼこい童女でなくなっても、常に瑞々しい心でいたいものですね。

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