最終更新日: 2019/06/21 14:45 一蓮托生(いちれんたくしょう)の意味とは?使い方・類語・英語表現も
一蓮托生(いちれんたくしょう)とは、仏教用語でありますが日常会話でも使われることがあります。今回は、一蓮托生の使い方や例文についてご紹介いたします。一蓮托生の使い方や例文を読むことで、言葉に対する理解を深めていきましょう。
※商品PRを含む記事です。当メディアはAmazonアソシエイト、楽天アフィリエイトを始めとした各種アフィリエイトプログラムに参加しています。当サービスの記事で紹介している商品を購入すると、売上の一部が弊社に還元されます。
目次
一蓮托生(いちれんたくしょう)の意味や類語とは?
一蓮托生(いちれんたくしょう)の意味とは運命を共にすること

「一蓮托生(いちれんたくしょう)」の意味とは運命を共にすることです。もともと「一蓮托生」とは仏教用語です。人間は死後、極楽浄土に行くとされています。本来は「一蓮托生」とは、極楽浄土において、同じ蓮の花の上で生をうけるということを意味します。そのため、日常会話で使われる意味とは若干異なります。
日常会話では「一蓮托生(いちれんたくしょう)」とは、本来の意味から転じて、結果が悪い方に転じようとも良い方に転じようとも運命を共にすることを指すようになりました。「一蓮托生」とは、結果がどちらに転ぶか分からない状態の時に使われることが多いようです。スポーツ漫画などでもよく使われている言葉です。
一蓮托生(いちれんたくしょう)の類語①旅は道連れ

一蓮托生(いちれんたくしょう)の類語1つ目は「旅は道連れ」です。「旅は道連れ、世は情け」というフレーズは割とよく使われています。「旅をするときに仲間がいると心強いように、世の中を生きていく上でも深い関係の人間がいると心強いものだ」という意味の類語です。
情けを持って旅に最後まで付き添うことで、相手も自分に対して情を持って最後まで尽くす覚悟をしてくれるものなのです。「一蓮托生」も最後まで運命を共にすることですので、意味は非常に似通っています。ただ相手を選ばないと、情を利用されるだけになるので気を付けましょう。
一蓮托生(いちれんたくしょう)の類語②巻き添え

一蓮托生(いちれんたくしょう)の類語2つ目は「巻き添え」です。「一蓮托生」の類語ではありますが、「一蓮托生」よりも少しだけマイナスイメージの強い言葉です。例文を挙げると、「面倒ごとに巻き添えになる」や「事故に巻き添えになる」という使い方をします。
「一蓮托生」は、悪い結果になろうと良い結果になろうと最後まで運命を共にするという意味合いです。しかし「巻き添え」は悪い結果をともに共有するという意味合いが強い言葉です。この辺りは、区別して使い分けるように気を付けましょう。「巻き添え」をプラスイメージの例文と組み合わせると違和感があります。
関連記事において「破顔一笑の意味」が紹介されています。また「破顔一笑」という四字熟語に関連して、笑うに関しての座右の銘やことわざや四字熟語についても知ることが出来ます。就活や会話のネタとして、座右の銘を持っておくとよいかもしれません。興味のある方は、ぜひとも合わせてご覧になってみてください。
一蓮托生(いちれんたくしょう)の使い方・例文は?
一蓮托生(いちれんたくしょう)の使い方・例文①ここまで来たら一蓮托生だ

一蓮托生(いちれんたくしょう)の使い方・例文1つ目は「ここまで来たら一蓮托生だ」です。「ここまで一緒に戦ってきたのだから、最後の結末がどうなろうとも運命を共にしよう」というニュアンスがこの例文には含まれています。辛くとも最後まで一緒にいようと誓うのは、絆のある仲間ならではのものです。
一蓮托生(いちれんたくしょう)の使い方・例文②一蓮托生で勝ちを目指す

一蓮托生(いちれんたくしょう)の使い方・例文2つ目は「一蓮托生で勝ちを目指す」です。「チームメンバー全員の力を合わせて、勝利を勝ち取ることを目標にする」という意味の例文です。スポーツチームなどの間で、目標として掲げられていそうな言葉です。
一蓮托生(いちれんたくしょう)の使い方・例文③生死も一蓮托生である

一蓮托生(いちれんたくしょう)の使い方・例文3つ目は「生死も一蓮托生である」です。おそらく日常生活で「生死も一蓮托生である」という例文は、あまり使わないのではないでしょうか。悲しいストーリーのドラマや悲劇では、よく使われていそうです。
最も有名な話でいうと「ロミオとジュリエット」が「生死も一蓮托生」を表しているのではないでしょうか。ラストは、ジュリエットが死んだと勘違いしたロミオが自殺します。そして眠りから覚めたジュリエットは、ロミオが死んでいるのを見て自らも死を選ぶ、大変悲しい愛の物語なのです。
関連記事において「眼福の意味」が紹介されています。「眼福」をかみ砕いて理解すると「目が幸せ」ということです。「目が幸せ」とはどういうことなのでしょうか。また、使い方や例文も分かるので、「眼福」という言葉を今日から使うことが出来ます。興味のある方は、合わせてご覧になってみてはいかがでしょうか。