「人を呪わば穴二つ」の意味・由来とは|因果応報との違い・類語・英語も

人を呪わば穴二つの意味は、何となく破滅するとわかっている人が多いです。けれども、本来の意味とは少し違う様です。人を呪わば穴二つの、呪い本来の意味や由来を知る事も知識の1つです。また、同じことわざの因果応報との違いや英語のことわざまでご紹介します。

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「人を呪わば穴二つ」の意味・由来とは?

「人を呪わば穴二つ」の呪いの意味|人を呪ったら必ず自分に返り破滅する

自分に返り破滅する

「人を呪わば穴二つ」の呪いの意味とは、人を呪ったら必ず自分にも同じ様に返ってくる」と言われています。人の思いはどこまでも計り知れないところがあり、その思いへの戒めのことわざです。人の思いは、時には人知を超えた力を発揮する事もあります。また、返された呪いは倍になって戻って来ると言います。

人を呪うと言う事は、自分も破滅する覚悟も必要と言う事でしょう。人間は未熟な生き者ですから、他の人を恨む事も時にはあります。全ての人が、人を呪うわけではありません。しかし、時として道を外しやすい人もいます。そんな、全ての人間が持っている弱い心への戒めであり警告なのです。

「人を呪わば穴二つ」の穴二つの意味|人を呪った報いから自分の墓穴の事

墓穴の事

「人を呪わば穴二つ」の、穴二つの意味は穴二つは墓穴の事です。人を呪うとは相手を、破滅させる為に呪いを掛けるなら同じ目に合う覚悟が必要でしょう。人を呪う程の何があって、人をそこまで決意させるのでしょう。陰陽師による呪詛が盛んに行われていたのは平安時代から江戸時代です。

政敵を葬る事で自分がその地位に、就きたいと言う欲から多くの呪詛が行われています。人を呪って呪詛してしまえば、呪詛された人からの恨みを受ける事になります。必然的に自分の墓穴を掘っている様なものです。人を呪ったら、自分にも同じ報いが来ると言う戒めと忠告です。やはり、人の命を狙うのですから覚悟は必要です。

「人を呪わば穴二つ」の由来|陰陽師の呪詛

陰陽師の呪詛

「人を呪わば穴二つ」の由来は、陰陽師の呪詛からきています。陰陽師は、元々天文学や暦学などを司っていた陰陽寮の官僚です。陰陽師は様々な呪術を使いますが、平安時代には呪詛の依頼があれば行っていました。ただし、相手側に呪詛返しをされると倍になって返ってきます。その時の事を考えて自分の墓穴も掘ったのです。

呪詛を行った陰陽師にとって、自分の分の墓穴と相手の墓穴の二つが必要となり穴は二つなのです。平安時代には、陰陽師は高等な知識を持った集団でした。陰陽師は公的な家系と、民間の陰陽師の家系があり平安時代に活躍した安倍晴明が特に有名です。強力な呪詛を使う陰陽師ですが、それだけに覚悟も必要だった様です。

平安時代の様に、相手に呪いを掛けたいと思う人もいます、ただ。今の時代は平安時代と違って文明も発達し環境も変わっています。しかし、時代がいくら変わっていても煩わしい事も多いです。それでも、現代では平和的に解決出来る方法があります。関連記事にも、解決出来るヒントがありますので合せてご覧ください。

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「人を呪わば穴二つ」と「因果応報」との違いは?

「因果応報」とは佛教の教え

「因果応報」

「因果応報」は人の世の常で、因があれば縁を生じるので悪い事を行えば悪い縁を生じます。また、良い事を行えば良い縁が生じ巡ってきます。これは、佛教の縁起思想による考え方です。一般的には、「悪い事をしたらいずれ巡り巡って自分にも返ってくる」と言うブッタの教えです。良い縁を作れば良い事が巡ります。

悪因を作った事で、悪い事が巡って自分の身に起こる。それが、縁起思想の教え因果応報の意味です。因果応報は自分の行いが、因縁となって再び自分に返って来ます。また、自分に返って来る代わりに子供や孫など子孫に返ってくる事もあります。人を呪わば穴二つとは、似ていますが良い事も巡って来るので根本は違います。

「人を呪わば穴二つ」と「因果応報」


「人を呪わば穴二つ」と「因果応報」

「人を呪わば穴二つ」と「因果応報」では根本的に違います。人を呪わば穴二つは、自分の行いから直にそれも早く返って来る災いです。人を呪わば穴二つは人を恨んで呪い殺す事です。呪った相手に、呪詛返しをされたら自分から三代後の子孫まで呪われ同じ様な最後を迎えるといいます。

また、呪詛返しをした方は自分から七代後まで呪われます。また、政治的な目的の呪詛が平安時代には盛んに行われていました。陰陽師を使った呪詛の応酬は覚悟を持った呪詛合戦と言えます。その点仏教の教えの、因果応報は巡り巡って自分の行いの報いがやって来るのです。陰陽師の呪詛合戦が由来のことわざとは少し違います。

「人を呪わば穴二つ」の類語・英語は?

「人を呪わば穴二つ」の類語①「人を謀れば人に謀られる」

「人を謀れば人に謀られる」

「人を呪わば穴二つ」の類語1つ目として、「人を謀れば人に謀られる」をご紹介します。人を呪わば穴二つと同じ様な由来が元で、人を謀れば同じ様に自分も謀られるという戒めです。人をおとしめたら、自分が人から謀られる時が来ます。他意ののない嘘や、誰も傷つけない他愛のない嘘なら問題はありません。

人が普通に暮らしていれば何も問題は起きないとはかぎりません。しかし、人が生活していれば必ず人との関わりが出来ます。人に恨まれる事もあるでしょう、悔しい思いもします。常に周りを気にせず生きる事は難しいです。それでも周りを気にしすぎるのは何か違います。関連記事に解決出来るヒントがありご覧ください。

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「人を呪わば穴二つ」の類語②「天に向かって唾を吐く」


「天に向かって唾を吐く」

「人を呪わば穴二つ」の類語2つ目として、「天に向かって唾を吐く」をご紹介します。天に向かっての天とは神様の事を現わしています。「天に向かって唾を吐く」行為は、神様に唾を吐けば報いは自分に返って来ます。上を向いて唾を吐けば、自分の顔に落ちてくるのは当たり前です。本来は、天に唾する行為に対して使います。

人を恨んだりしたら、その行為が天に唾吐く事と同じ行為という意味です。神様に対して行う事と同じなので、やってはいけないと説いた教えです。また、聖書には「復讐するは我にあり仕返しは神がやってくれる」とあります。これは、自らの手で報復してはいけないというキリスト教の戒めです。

「人を呪わば穴二つ」の英語|「呪いは呪った人の上にかえる」

「呪いは呪った人の上にかえる」

英語にも、「人を呪わば穴二つ」と同じ様な意味の言葉があります。例えば、「Curses retun upon the heads of those that curse.」です。英文の意味は、「呪いは呪った人の頭上に帰って来る」となっています。人を呪わば穴二つとは、少し意味合いは違っています。

人を呪わば穴二つは、呪った相手に呪いを倍返しされる覚悟を持った言葉です。英語の方はどちらかと言うと、仏教の「因果応報」と意味が同じになります。また、同じ意味の英語で「Curses like chickens come home to roost.」もあります。

英語の意味は、「呪いはひよこがねぐらに帰る様に我が身に返る」です。欧米では、魔女の呪いという呪術があります。それでも、呪い返しという観念がないのか人を呪わば穴二つと同じ意味の言葉はないです。英語のことわざの由来は、キリスト教の教えが元になっています。

「人を呪わば穴二つ」の対義語は?

「人を呪わば穴二つ」の対義語①「やられたらやり返す」

「やられたらやり返す」

「人を呪わば穴二つ」の対義語の1つ目に、「やられたらやり返す」をご紹介します。人を呪わば穴二つは、相手を呪うならば呪い返しを覚悟しなさい。だから、人を呪う行為はしてはいけないという戒めです。しかし、やられたらやり返すは仕返しを肯定しています。人にやられたら同じ様にやり返して良いという意味です。

また、「やられたらやり返す」はやられた方の心理をことわざとしています。「人を呪わば穴二つ」は呪った方から見たことわざです。この2つのことわざは、見事な対義語で立場が変われば思いも変わります。やられたらやり返したい程の悔しさが残ります。ただ、いずれやり返した事の反動は自分に返って来ます。

「人を呪わば穴二つ」の対義語②「目には目を歯には歯を」

「目には目を歯には歯を」

「人を呪わば穴二つ」の対義語の2つ目に、「目には目を歯には歯を」をご紹介します。「目には目を歯には歯を」の言葉は、やられた事と同じ報復をしてもいいという意味で使われています。これは、紀元前18世紀「ハンムラビ法典」に書かれている教えが由来です。ちなみに、「ハンムラビ法典」はイランで発見されています。

一般的には報復をしても良いとして、人を呪わば穴二つの対義語の意味で使われています。しかし、この使い方が間違っていて本当は真逆の意味だとも言われています。「ハンムラビ法典」は、約4000年前のバビロニアの経典です。目には目の意味は、「人の目を潰したら自らの目を潰せ」だとも言われています。

本来の意味は、復讐をしても良いと言っているのか忘れなさいと言っているのでしょうか。人が集まれば諍いも起こります、それでもいつまでも争うのは得策ではありません。ことわざは解釈の違いや、時代と共にどの様にも意味は変わります。ただ、ことわざが出来た本当の意味を知る事も必要です。

ことわざの「人を呪わば穴二つ」は人を恨むなという戒めです

人を恨むなという戒めです

ことわざの、「人を呪わば穴二つ」は人を呪えば自分にも倍になって返って来る。破滅する覚悟を持っていなければ、人を呪う行為は行ってはいけないという戒めのことわざです。人は昔から、他の人と自分を比べてしまう傾向を持っています。人を呪わば穴二つのことわざの由来は、特に呪術が盛んな平安時代に出来た言葉です。

命がけで行っていた呪いの呪術ですが、現代社会でも時に話題になるほど呪術や占いに頼る人は多くいます。人を呪って破滅させ、自分まで破滅するほどのエネルギーは計り知れないものです。自分までも破滅し、時には命さえ失う程の破壊力があります。自分の人生は自分だけのものではありません。

より良い人生を生きていく為に、このことわざ「人を呪わば穴二つ」があります。人を呪ったりしても、人生が破滅するだけで自分には何も残らないという意味もあます。また、人を呪う程のエネルギーを他に向けて豊かな人生を送ったほうが健全です。


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