倫理観とは?道徳観との違いや類語・倫理意識の使い方や例文も
あなたは、倫理観という言葉の意味を知っていますか?この記事では、「倫理観と道徳観の違いや類語」とともに、倫理意識や道徳観念の使い方や例文についてもご紹介します。倫理観の欠如という表現をよく耳にしますが、どういう意味なのか読んでみてくださいね!
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倫理観とは?道徳観との違いや類語も
倫理観とは社会生活において守るべき道理についての考え方のこと
倫理観とは、社会生活において守るべき道理についての考え方のことです。価値観の一種だと言えるでしょう。個人の価値観はさまざまですが、社会生活を営む上で守るべきルールは法律などで定められています。そのルールに則った価値観を、倫理観と呼びます。
倫理観と道徳観の違い①社会に対してのことか個人の自発的なことか
倫理観と道徳観の違い1つ目は、社会に対してのことか個人の自発的なことかです。倫理観とは、社会全体を考えた上で守るべきルールは何なのかというところを重要視する考え方です。スピード違反をしてはならないことや人を傷つけてはならないといった、社会全体の利益になるようなものです。
これに対し、道徳観とは、良い行いをしようとする個人の自発的な意思であると言えるでしょう。自分の内側から湧き上がってくるものだというところが、倫理観とは違います。それぞれが自分の道徳観念に従って行動していても、争いが起きることはあります。それを丸く収めるのが、倫理観であると言えます。
倫理観と道徳観の違い②現実的か理想的か
倫理観と道徳観の違い2つ目は、現実的か理想的かです。倫理観は、法律などという形で現実に則したルールとなっています。法律は国や地域によって違いますが、社会生活を営む上で必要なルールを定めるという意味では、どの国でもどの地域でも、同じ考え方のもとに作られていると言えるでしょう。
道徳観は、自分がどのような行動をとるのが理想的かを追求するような考え方です。現実の自分がどうあれ、高い理想を抱くことはできます。道徳観念は、理想的なものであると表現することができます。ほとんど同じ意味として使われる倫理観と道徳観ですが、微妙な違いがあるとわかりましたね。
倫理観の類語①道徳観念
倫理観の類語1つ目は、道徳観念です。道徳観と道徳観念は、同じ意味です。道徳観念は、善悪を判断し、良い行いは実行し、悪い行いはしないようにする心がけのことだと言えるでしょう。道徳という授業が小学校の低学年からあるのは、理想とすべき考え方を小さいうちから教えておくためです。
逆に、倫理という授業は高校になってから習いますよね。何が良い行いかという道徳的な考え方は、小さいうちから教えることができます。しかし、社会全体の利益を考えるような倫理的な思考をするのは、ある程度成長してからでないと難しいと言えます。このため、道徳よりも倫理を習うのが遅いのです。
倫理観の類語②倫理意識
倫理観の類語2つ目は、倫理意識です。倫理観と倫理意識も、同じ意味になります。倫理意識が欠如している人は、自分さえ良ければいいという考えになりがちです。自己中心的な考え方をする人ばかりでは、社会が無法地帯になってしまいます。誰もが安心して暮らせる社会にするためには、倫理意識が必要だと言えるでしょう。
下記の関連記事には、自己中の意味が書いてあります。自己中心的な人の特徴や心理・直す方法、自己中心的になってしまう原因についても載っています。自己中心的な考え方をやめて、倫理意識や道徳観念をしっかり持つためにはどうすれば良いのか、こちらの記事も参考にしてみてくださいね!
倫理観の類語③モラル
倫理観の類語3つ目は、モラルです。モラルとは、道徳観念や倫理意識のことです。つまり、どちらの意味も含んでいます。近い言葉としてマナーがありますが、マナーは時代の変化や所属している集団によって変わります。しかし、モラルはより一般的で、どこに行っても通用するようなルールのことを示していると言えます。
「モラルが欠如している」「モラルが低下していると」叫ばれることが多いですよね。社会全体のことよりも自分のことを優先してしまう人が多くなっていることに対して、モラルの欠如・モラルの低下といったことが指摘されます。相手のことを考える余裕のない人が増えた、ということも考えられます。
倫理観の類語④良心
倫理観の類語4つ目は、良心です。良心とは、自分で善悪を判断し、良い行いをしようとする心の動きを指します。倫理意識よりも、道徳観念に近いものだと言えるでしょう。悪い行いをした人に対して、「そんなことをして良心が痛まないのか」と言われることがありますね。
良心の呵責という言葉があります。やってはいけないとわかっていながらやってしまったことに対して、自分で自分を責めるような状態を良心の呵責と呼びます。育っていく過程で道徳観念を学んでいくと、悪いことをした時に良心が痛むということが起こります。逆に良心が痛まない人は、道徳観が備わっていないと言えます。
倫理観の類語⑤正義感
倫理観の類語5つ目は、正義感です。倫理意識が社会全体にとって利益になるかどうかという視点であるのに対し、正義感は自分が正しいと信じるものに従って行動するという意味になります。道徳観念や倫理意識の類語ではありますが、少し方向性が違うと言えます。
二人の人が正義感を持ってお互いの主張を曲げない場合、なかなか解決に至らないことが多いでしょう。自分にとって正しいことが、相手にとって間違っていることである場合は多くあります。正義感や道徳観は主観的なものであり、倫理意識はどちらかというと客観的なものであると捉えて良いでしょう。
倫理観の使い方・例文も
倫理観の使い方・例文①倫理観が欠如した報道をしてはならない
倫理観の使い方・例文1つ目は、「倫理観が欠如した報道をしてはならない」です。報道とは影響力の大きいものであり、正確性や公平性を大切にした報道がなされる必要があります。また、誹謗中傷や名誉毀損にならないように、倫理意識のある報道が求められます。
近年では、報道に対して市民からの批判が集まることを炎上と呼んだりします。倫理観が欠如した偏見に満ちた報道をすることは、許されない社会になりつつあります。なかなか個人個人の意見が表に出てくることのなかった時代よりも、市民の考え方が表面化しやすい世の中になったと言えるでしょう。
倫理観の使い方・例文②倫理意識が欠如している人はルールを破る
倫理観の使い方・例文2つ目は、「倫理意識が欠如している人はルールを破る」です。倫理意識が欠如している人は、社会全体の利益のために作られたルールを、自分の利益のためだけに破ります。スピード違反もそうですし、人のお金を盗むことも相手のことを考えていない行為だと言えるでしょう。
下記の関連記事には、非常識の意味について書いてあります。常識がない人とは、倫理意識が欠如している人と言い換えることができるでしょう。常識がない人、つまり倫理意識が低く道徳観念がない人にならないために、こちらもあわせて読んでみてくださいね!
倫理観の使い方・例文③医療現場では職業倫理観が求められる
倫理観の使い方・例文3つ目は、「医療現場では職業倫理観が求められる」です。どのような職業でも、職業倫理観というものは求められます。その職業が、社会に対して持つ役割を果たすことが必要だからです。特に医療現場は、人々の健康や命を預かる場所であるため、高い職業倫理観が求められます。
治療しても治る見込みのない苦しんでいる患者に対して、どういった処置をすればいいのかは、道徳観念だけでは答えが出ません。苦しみ続けなくてもいいようにする方が良いという意見もあれば、苦しみ続けても生きていた方が良いという意見もあります。現状の倫理観では、人命を尊重すべきとされています。
倫理観の使い方・例文④道徳観念があり倫理意識が高い人は教師に向いている
倫理観の使い方・例文4つ目は、「道徳観念があり倫理意識が高い人は教師に向いている」です。自分の子供を学校に預ける上で親が教師に求めることは、道徳観念と倫理意識だと言えるでしょう。自分なりの道徳観をしっかりと持っており、社会全体のことも考えられる人は、教師に向いていると言えます。
倫理観の意味を知って倫理意識を高く持とう!
今回は、倫理観の意味や類語、倫理観と道徳観の違い、倫理観の使い方や例文について見てきました。倫理観と道徳観は混同されやすいですが、よくよく意味を調べてみると、少し違うということがわかりましたね。両方の意味を正しく理解して、使い間違えないように注意したいところです。
倫理意識が欠如している人は、自分の都合でルールを破る自己中心的な態度が見られるということもわかりました。倫理観は、誰もが安心して暮らすために必要であり、社会全体の利益を守るものだと言えるでしょう。倫理観の意味を理解して、倫理意識を高く持ちたいところですね!
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